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山口地方裁判所 昭和43年(わ)166号 判決

被告人 安部淳二 外二名

主文

被告人安部淳二を罰金四万円に、同久保輝雄を罰金三万円に、同清水英介を罰金二万円にそれぞれ処する。

被告人らにおいて各罰金を完納することができないときは、各金一、〇〇〇円を一日に換算した期間当該被告人らを労役場に留置する。

訴訟費用は別紙(省略)記載のとおり被告人らの負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

第一、被告人安部は、昭和四二年一一月二六日蒋経国来日反対山口県民集会実行委員会が主催する集団示威行進に参加したものであるが、同行進は山口県公安委員会および山口警察署長からそれぞれ「蛇行進など一般交通の安全と円滑を阻害するような行為をしないこと、行進中旗竿などをささえにスクラムを組み交通の安全を阻害しないこと」等の条件を附して許可されたにもかかわらず、右行進に参加していた約二五〇名の者が右許可条件に違反して、同日午後五時二分から五時一〇分までの間、山口市大市所在の札の辻交差点から同市中市所在のちまきやデパート前に至る間の街路上約二七〇メートルの区間を旗竿をささえにスクラムを組んだ数名を先頭に蛇行進したのであるが、その際同被告人は蛇行進の先頭ないし先頭付近列外に位置して、笛を吹き鳴らし行進の音頭をとり、あるいは先頭隊列が横に構えて所持する旗竿を掴んでスクラムを組みこれを進行方向に引張るなどして右行進を指揮し、もつて前記許可条件に違反した同行進に参加し、

第二、被告人らは、昭和四三年四月七日、四・七山口県民大集会連絡会議が主催する集団示威行進に参加したものであるが、右行進は、山口県公安委員会および防府警察署長から「蛇行進など一般交通の安全と円滑を阻害するような行為をしないこと」などの条件を付して許可せられたにもかかわらず、同日午後三時五六分ころから午後四時二分ころまでの間、右行進に参加していた約三〇〇名のものが防府市天神町天神交差点から同町新天地交差点までの天神町銀座街アーケード内のほぼ全区間にわたる約二〇〇メートルの道路上において右許可条件に違反して蛇行進を行なつた際、被告人清水において、右行進の先頭隊列より二、三メートル前方に出て笛を吹き鳴らし、手で合図するなどして同行進を指揮し、被告人久保、安部において、同行進の先頭隊列の左右に位置し、同隊列が横に構えて所持する竹竿を手で握りこれを進行方向に引張るなどして右行進を指揮し、もつて前記許可条件に違反した蛇行進を行うとともに同行進をそれぞれ指揮し、

第三、被告人安部、久保の両名は、昭和四三年六月二三日、山口県青年のつどい実行委員会が主催する集団示威行進に参加したものであるが、右行進は、山口県公安委員会および岩国警察署長から「蛇行進など一般の交通の安全と円滑を阻害するような行為をしないこと」などの条件を付して許可せられたにもかかわらず、右行進に参加していた約二〇〇名のものが、同日午後二時五八分ころから午後三時一分ころまでの間、岩国市麻里布町国鉄岩国駅前から同町二丁目四の二七スーパー「ときわ」前までの約九〇メートルの道路上、同日午後三時二三分ころから午後三時二五分ころまでの間、同市向今津新寿橋南端南方約六〇メートルの地点から同市川下町三丁目お好焼屋「ひで」前までの約九五メートルの道路上、同日午後三時三四分ころから午後三時三六分ころまでの間、同市車町二丁目丸善石油スタンド前から同町二丁目「柏村商店」前までの約一一〇メートルの道路上、同日午後三時四七分ころから午後三時四九分ころまでの間、同市中津町二丁目山口銀行川下支店西端から同町岩国防衛施設事務所前までの約一〇〇メートルの道路上において右許可条件に違反して蛇行進を行つた際、被告人両名は同行進の最前列の左右に位置し、それぞれ笛を吹き、あるいは先頭隊列が横に構えて所持する竹竿を手で握りこれを進行方向に引張るなどして右行進を指揮し、もつて前記許可条件に違反した蛇行進に参加し

たものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

被告人安部の判示第一の所為は、昭和二四年山口市条例二三号行進及び集団示威運動に関する条例(以下、山口市条例という)五条、四条三項、道路交通法七七条一項四号、三項、一一九条一項一三号、昭和三五年一二月一三日山口県公安委員会規則四号、山口県道路交通法施行細則一二条九号に各該当し、被告人安部、清水、久保の判示第二の所為は、昭和二五年防府条例三二号集会、集団行進及び集団示威運動に関する条例(以下、防府市条例という)三条一項但書、五条、道路交通法七七条一項四号、三項、一一九条一項一三号、前記山口県道路交通法施行細則一二条九号に各該当し、被告人安部、久保の判示第三の所為は、昭和二四年岩国市条例三二号行進及び集団示威運動に関する条例(以下、岩国市条例という)五条、四条三項、道路交通法七七条一項四号、三項、一一九条一項一三号、前記山口県道路交通法施行細則一二条九号に各該当するところ、以上の各所為はいずれも一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、刑法五四条一項前段、一〇条により一罪として重い山口市、防府市、岩国市各条例違反の罪の刑でそれぞれ処断することとし、いずれも所定刑中罰金刑を選択し、被告人安部については判示第一ないし第三の罪は刑法四五条前段の併合罪なので、同法四八条二項により各罪所定の罰金の合算額の範囲内で、被告人久保については判示第二、第三の罪は同法四五条前段の併合罪なので、同法四八条二項により各罪所定の罰金の合算額の範囲内で、被告人安部を罰金四万円、被告人久保を罰金三万円、被告人清水を罰金二万円に処することとし、各被告人につき、右罰金を完納することができないときは、同法一八条により金一、〇〇〇円を一日に換算した期間当該被告人を労役場に留置することとし、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条により主文のとおり被告人らに負担させることとする。

(弁護人、被告人らの主張に対する判断)

一、弁護人、被告人らは、本件各公安条例ないしこれにもとづく各許可条件が憲法二一条に違反するとし、その理由として、大略、「そもそも表現の自由を事前に規制することは許されないのであり、その制約には明白かつ現存の危険が必要であるが、本件各条例は右原則に反するばかりでなく、許可・不許可および条件付与の基準があいまいであるうえ、本件各条件の付与やその内容自体も不当なものである」旨主張するので判断することとする。

集団示威行進、表現の自由の一形態として憲法二一条によつて保障され、現在の社会においてマスコミユニケーシヨンによらずに市民の意思を広く訴え、またこれを知る方法として重要な機能を果しているものであり、これを軽々に規制することができないことは言うまでもない。しかし、表現の自由といえどもその行使は無制限に認められるものではなく、一定の制約に服すべきものであることもまた多言を要しない。そこで、以下本件各条例およびこれに基づく具体的な許可条件がその限度を越えた制約であるか否かにつき検討することとする。

本件各条例をみると、いずれも集団行動の事前規制として、規定の文言上は許可制を採用していることが明らかであるが、この点については、いわゆる東京都公安条例につき最高裁判所大法廷昭和三五年七月二〇日判決(刑集一四巻九号一、二四三頁)が、「公安委員会は集団行動の実施が『公共の安寧を保持する上に直接危険を及ぼすと明らかに認められる場合』の外はこれを許可しなければならない(三条)。すなわち許可が義務づけられており、不許可の場合が厳格に制限されている。従つて本条例は規定の文面上では許可制を採用しているが、この許可制はその実質において屈出制とことなるところがない」、「いやしくも集団行動を法的に規制する必要があるとするなら、集団行動が行われ得るような場所をある程度包括的にかかげ、またはその行われる場所の如何を問わないものとすることは止むを得ない次第であり、他の条例において見受けられるような、本条例よりも幾分詳細な規準(例えば「道路公園その他公衆の自由に交通することができる場所」というごとき)を示していないからといつて、これを以て本条例が違憲、無効である理由とすることはできない。」との判断を示しており、当裁判所も基本的に右説示と同様に解すべきものと思料するところ、許可制については、防府市条例においてもその三条一項本文で右東京都公安条例と同内容の規定を設けており、また山口市、岩国市条例においては各四条一項で「公安委員会は行進又は集団示威運動が公安に差迫つた危険を及ぼすことが明らかである場合の外は許可しなければならない」と定めており、集団行動を不許可として規制し得るのは「公安に対し明白にして緊急な危険が存する場合という一般的に表現の自由の行使を制約し得る要件が存する場合」に厳格に制限されているのであるから、本件各条例が集団行動の事前規制につき実質的には屈出制を採つているものと考えるのが相当であり、また、規制の対象となる集団行動の実施場所については、山口市、岩国市各条例が「街路或は公共の場所」とし、防府市条例においては前記東京都公安条例と同様に、集団示威運動につき「場所の如何を問わず」、集会もしくは集団行進については「道路その他の公共の場所」としており、前記判決の趣旨に照らしてその基準をもつてあいまいにして不当ということはできない。

もつとも、前記昭和三五年最高裁判所判決は、許可条件付与の基準の厳格性および明確性について明示の判断を加えていないのであるが、条件付許可も表現の自由の行使を制約する(極端な場合には当該集団行動を無意義ないし実行不可能ならしめ実質的には不許可と異ならないことにもなる)ものであり、前記のとおり本件各条例につき制約しうる(すなわち許可しない)場合が厳格に制限されているから、実質的に屈出制と認めるべきとの趣旨に照せば、許可条件付与の基準についても不許可の基準と同様に厳格性、明確性、合理性を具備していなければならないものというべきである。ところで、防府市条例では、その三条一項但書の一ないし六号に条件を付しうる対象事項を列挙して具体的基準を掲げており、また山口市、岩国市各条例にあつては、各四条三項において、「第一項の許可には個人又は群集による無秩序又は暴力行為に対し、公衆を保護するため公安委員会が必要と認める適当な条件を付けることができる。」としているにすぎないのであるが、行進又は集団示威運動が公安に差迫つた危険を及ぼすことが明らかである場合に限り群集による無秩序又は暴力行為に対し公衆を保護するため、当該集団行動許可に際し、必要最小限の適当な条件を付することができるものと解すべきであり、このことは、立法の趣旨、目的が異るとはいえ、多くは同内容の許可条件を付与することによつて法益侵害の危険を未然に防止せんとする道路交通法七七条二項二号、三項の規定の趣旨からも推認することができる。かかる見地からすれば、公安委員会は本件各条例の許可条件付与につきその基準、対象に関し厳格にして明確かつ合理的な制約に限りこれを付し得るものと解せられるから、前記規定が憲法二一条に違反して無効なものとはいいがたい。

なお、いわゆる公安条例違反に関連してしばしば問題とされるような、条例にもとづく集団行動の許可不許可および条件付与に関する現実の一般的運用ないし本件における運用が憲法二一条の規定の趣旨に違反するような実態を示しているという事実を認めるべき証拠は存しない。

そこで次に、本件各条例にもとづき付された許可条件が表現の自由を侵害するものであるか否かにつき検討するに、被告人安部において、山口市条例違反に問われたその違反条件内容は「行進中蛇行進など一般交通の安全と円滑を阻害するような行為をしないこと」、「行進中旗ざおなどをささえにスクラムを組み交通の安全を阻害しないこと」であり、同被告人および被告人久保が岩国市条例違反として問われたその違反条件内容と被告人三名が防府市条例違反として問われたその違反条件内容はいずれも「行進中蛇行進など一般交通の安全と円滑を阻害するような行為をしないこと」であるところ、蛇行進ないし旗ざおをささえにスクラムを組むなどしなければ集団示威行進の目的を達せられないものとは考えられないうえ、本件各証拠によれば、各条例違反となつた集団示威行進の判示各通行場所は、すべて市の中心部でいずれおとらず人車の交通量の甚だ多いところであり、各種の交通規則が行われ、交通の流れにひとたび支障が生じた場合には付近の交通に著しい混乱と渋滞を招く虞れがあり、かような道路交通事情のもとにおいて、各判示の規模の集団が蛇行進や旗ざおをささえにする前記行為を敢行するならば、隊列の転回の際の運動力あるいは旗ざおに結集された力に平均が失われた際などに集団内の統制が乱れやすく、一般通行者および付近在住者の身体、生命、財産に対する侵害を誘発し、公共の安寧と秩序に対し差迫つた危険をおよぼすことが明らかであるから、これらを防止するための右条件は必要かつ合理的な制約といわなくてはならない。

ほかに、本件各条例につき憲法二一条に関連して論ずべきものはうかがわれず、この点に関する弁護人の主張は採用することができない。(また、右のように許可・不許可の基準、条件付許可の基準および付された条件は明確であつて、本件各条例をもつて犯罪の構成要件が規定されていないとか不明確であるとはいいがたいのであるから、憲法三一条に反するものともいえない)。

二、道路交通法七七条一項四号にもとづく昭和三五年一二月一三日山口県公安委員会規則四号山口県道路交通法施行細則一二条九号による集団行進の事前規制ならびに道路交通法七七条三項により道路の特別使用許可に付せられた条件と憲法二一条との関係(この点については弁護人、被告人らは明確に主張するところではないが、前項に関する主張と密接に関連するから検討を加えることとする。)

道路交通法は道路における危険を防止し、その他交通の安全と円滑を図ることを目的としているので、道路が交通の用途以外に使用される場合に、同法七六条四項において道路の危険、妨害となる行為を具体的に列挙してこれらを禁止し、集団行進が前記施行細則一二条九号により規制の対象となつているのであるが、その行為形態からみてかような制約を受けることがあるのはやむをえないことである。もつとも、集団行進は表現の自由として憲法上保障されねばならないものであるから、その制約は必要最小限度のものに止めるべきことはいうまでもないが、所轄警察署長は、道路交通法七七条二項により、許可申請に対し申請にかかる行為が同項各号に該当する時は許可が義務づけられており、同法三項により条件付与の基準も一応合理的明確に規定されているものといえるのであつて、特に憲法二一条にかかわる集団行進については一般交通に著しい影響を及ぼすような場合に限ることとされて原則的に許可を義務づけていることを考え併わせると、前記道路交通法の趣旨、目的のためやむをえない必要最小限度の制約であるものというべきである。

また、道路交通法にもとずき山口、防府、岩国市各警察署が付与した本件各許可条件中、各被告人らが条件違反として問われたその条件は、それぞれ前記公安委員会の許可条件と同一であり、これらが一般交通に著しい影響を及ぼす行為であつて、道路における危険を防止しその他交通の安全と円滑を図るためやむをえない必要合理的なものといいうることは前記説示からも知りうるところであろう。

三、本件各行為の可罰的違法性について

弁護人、被告人らは、被告人らの本件各行為がいわゆる可罰的違法性を有しない旨主張するので判断するに、前記説示のとおり、被告人らがそれぞれその違反に問われた本件各条例および道路交通法にもとづき付された各条件は、それぞれ一般通行者および付近在住者の身体、生命、財産の侵害を誘発する行為ないし道路における交通の安全と円滑に重大な支障を生じる危険のある行為を禁じたものであつて、本件各行進道路は、いずれも市の中心商店街であるうえ、山口市においては幅員七・一メートル、防府市においては幅員七・八メートル、岩国市においては幅員七・八ないし一五メートルであるほか前記説示のような道路事情のもとで、蛇行進は右各幅員いつぱいに敢行されたのであり、その他各判示行為の時期、態様、規模等を併わせ鑑みれば、これが本件各条例ないし道路交通法所定の刑罰を科するに価しないものとはとうてい認められないから結局右主張は採用できない。

(別紙省略)

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